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AKB48 岩田華怜さん

宮城県仙台市出身の岩田華怜さんへのインタビューをさせていただくことができました!!当時12歳だった彼女も現在は16歳の女子高生です。4年間の想いを振り返っていただきました。 2015.03.11

プロフィール

Interview for 3.11 vol.4

宮城県仙台市出身。中学1年生のころから、AKB48の研究生として活動を開始。現在、チームAに所属し、学業と芸能活動 を両立しながら活躍する16歳の現役高校生アイドル。

母の言葉と12歳の決意

―本日は岩田さんの経験や東北に関連するお仕事などについてお伺いしていきます。よろしくお願いいたします。

よろしくお願いします。

―2011年の3月に震災があったとき、岩田さんは小学生でした。そのときに震災にあって、翌月の4月に中学生となり、中学生のころから研修生としてご活躍されていて・・・

そうですね。入学とほぼ同時にAKB48に加入して、中学校1年生の年から活動を開始しました。

―中学校は地元の仙台ですか?

東京です。もともと仙台の小学校に通っていたので、本当はそのまま付属中学への進学が決まっていました。
でも、AKB48の審査を通過するたびに、だんだん「どうしよう」って・・・、悩んでいるうちに最終オーディションになっちゃったんです。
なんとなく、ひとつの経験としてオーディションを受ける気持ちだったので、このことは父親や家族に話していなかったので、母と「どうする?」と相談していた時期でした。
正直、中学も決まっているし、半信半疑というか、最初のころは、AKB48として活動する自分の姿が、正直あまり想像できていませんでした。
転校してまでAKB48で頑張ろうと思ったのは、その時に地震があったから。後々私が決心するきっかけともなったんです。

―その決心とは?

震災が起きたあとは「これはAKB48の活動をしている場合じゃない」って思ったし、家族にも何て言われるかわからなかったし、諦めようって思いました。
最終オーディションが震災の何日か後に予定されていたのですが、行くつもりはありませんでした。これは神様が私に今回はやめておきなさいって言っているんだなって思って、母にも行かないって伝えました。
そしたら、ずっとオーディションについて来てくれていた母親が、「もしここで諦めたら、華怜は普通の一般人の岩田華怜になるんだよ。できることもあるかもしれないけど、それは限られたことだけだよね。それだったらAKB48に入って東北代表くらいのつもりで、覚悟をもって、誰に何と言われようと、少しでも東北や故郷のためにできることがあるんじゃないの?」って言ってくれたのです。
もちろんAKB48が「誰かのためにプロジェクト」をすぐに始めているのは知っていました。だから、確かに今ここで諦めたら何も残らないかもしれない、って思いました。
こんな私でもAKB48に入ることで、少しでも故郷にコンサートで会いに行くなり、握手会で会いに行くなり、日本中のみんなが憧れる存在の先輩たちを、被災地の子どもたちに会わせてあげることも出来るかもしれないなっていう風に思いました。それでAKB48に入ろうと決意したんです。

編集A

―それからずっと東京に住んでいて、いまは現役の高校生です。

はい、高校1年生です。今年2年生です。

―震災が起きてから、生活環境とか気持ちの変化とかが、とてもたくさんあったと思います。そのなかで当時から自分の気持ちの変化が大きかったなって思う部分と、地震が起こった時から、ずっと変わらない気持ちや想いはありますか?

一番変化があったのは、一回目の研究生の時に参加させてもらった被災地訪問でしたね。陸前高田市に行かせてもらったときです。
それまでは、友達の誰一人にも、AKB48として頑張るから東京に行くんだ、ってことを自分の口から言えずに過ごしてきていました。オーディションを受けていること自体も、誰にも言っていなかったので、震災があって急にアイドルになったみたいな感じじゃないですか。
やっぱり、みんな私のことどう思っているのかなってことを考えました。
もちろん応援してくれるファンの方もたくさんいましたけど、悪い言い方をしてしまえば、震災を利用しているみたいなことも言われましたし・・・。だから本当にこれでいいのかなっていう葛藤が研究生の時は、ずっとありました。
でもAKB48の研究生として、当時もの凄く忙しかったので、そんなことを悩みながらも、ずっと時間が経ってしまって・・・時間がたった分、地元に帰りたいという思いの反面、まだ復興が全然進んでいない故郷を見ることは、中学生だった私には怖かったし、周りのみんなからもなんて言われるのかわからないまま、後ろ髪引かれる思いで東京に出てきた感じもあったので、故郷の地へ行くことへの不安も大きくなっていました。
被災地訪問に行って、どんな声をかけられるのだろうって思いながらも、ある種の覚悟をもって、怖いながらもステージに出るじゃないですか。
そしたらサプライズで友達が観に来てくれていて、そのときに「華怜ちゃん、おかえり」っていう横断幕をみんなで作って待っていてくれたのです。
当日はたしか雨が降っていました。雨が降っていたのにたくさんの人が傘も差さないで待っていてくれて、その姿を見て「私は何を迷っていたのだろう」って思いました。応援してくれている方がいて、たとえ私が自分の口でAKB48になって東京で頑張るんだ、って言わなくても、みんなわかってくれていました。言えない環境にあったのだろうってこともみんなわかってくれていて、そのときすごく泣いてしまいました。
帰ってこられたっていうあのときの喜びも、温かく迎えてくれたファンの皆さんも、陸前高田市の皆さんも、すっごくキラキラした目で私たちを見てくれたちっちゃい子どもたちの表情も、今でもずっと忘れられないです。
今でもがんばらなくてはいけない、というときに初めての被災地訪問のことを思い出しながら、というときもありますね。

編集C

変わらない想いは、やっぱり自分ひとり、一個人の岩田華怜としてでは、できることは限られるんだってことです。
母の言葉を信じて、地震があった直後からずっと「私一人の力ではなにもできないけれど、AKB48としてなら何かできることがあるかもしれない」って思いでやっています。
だから、何かあると故郷のことを考えちゃうし、最近もたまに揺れがあるじゃないですか。
そうすると、震源は東北のほうかな?とかすぐ考えちゃいますね。本当に何か私にできることがあるのなら、何でも進んでやっていきたいって思いは、ずっと変わらないです。

復興の願いを東京から東北へ

―「進んでなんでも」とおっしゃっていましたが、AKB48に入られて被災地訪問などをなさっているときに「花は咲くプロジェクト」にも参加されていました。そのお話をもらったときにどのように思いましたか?

そのお話は、さすがに最初「私でいいの?」って思いました。
大御所の方とかベテランの方ばかりだったので、「たしかに仙台出身だけど、こんな豪華な出演者のみなさんの中に私が入っていいのだろうか?」っていう思いがありました。
すごく緊張しましたし、恐れ多いとも感じたのですが、自分が被災した時に思った“AKB48として何かできること”っていうのは、こういうことなんじゃないかなって思ったので、心からありがたくやらせてもらうことにしました。
そのあとまさかのソロバージョンも収録していただける機会があったのですが、「本当にいいんですか?!」って思いながら参加していました。
作曲者の菅野さんにもとてもお世話になりました。実はあのソロバージョンは、一日中ずっとブースに入って収録していて、高音の部分とかもなかなか難しくて、何度も何度も撮り直しをさせていただいてしまったんです。
でも本当に皆様のおかげで、自分でもとても納得のいく本当に素敵な作品になりました。

未だに、ファンの方でも「カレンちゃんの花は咲くが好きです。」とか、「車乗って出勤するときは必ずカレンちゃんのソロバージョンを聞いて出勤します。」とか言って下さると本当に嬉しいです。
あと、母校の小学校は合唱コンクールに力を入れている学校で、毎年合唱コンクールがあるんですが、その時期にNHKさんの番組で取材に行ったら、5年生が『花は咲く』を合唱で歌ってくれていました。
自分の後輩たちが、私のうたった歌をこうして復興の願いを込めて一生懸命歌ってくれている姿に感銘を受けました。本当にありがたかったです。

―このプロジェクトは岩田さんにとって、大御所の方と関わったとても大きな機会だったと思います。そのときに出会った方は東北にゆかりのある方ばかりだったと思うのですが、みなさんで同じ思いを持っているなって感じたことはありますか?

ソロで花は咲くを歌わせてもらったNHKさんの音楽番組で、荒川静香さんとか西田敏行さんなどと一緒に歌わせてもらいました。
CD収録は別々だったので、そのときに初めてお会いすることができました。
でも、もう緊張しすぎちゃって、何も話せなくて・・・。控室にイスが人数分あったのですが、私、なぜかずっと立ったまま「よろしくおねがいします」とか言って、座れないままいたんです。
そのとき西田敏行さんが「華怜ちゃん、ほら座んなー」って言ってくれて、周りの皆さんも温かくて、やっぱ東北の人って優しいわぁと思いましたね。
独特な訛りも場を温かくしてくれました。
すごく故郷に里帰りしたような感じに一瞬でなってしまうくらい。故郷が同じことで、東北人の特有の熱さ、思い、優しさ、というのはみんな同じなんだ、って思いました。


岩田さんの当時の気持ちを支えたのは、家族、ファンの方々、そして岩田さん自身の故郷への強い想いだったのですね。

そして実は、インタビューはまだまだ続きます!
復興や初のCM出演のお話もお伺いしてきました。どうぞご期待ください。


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インタビュアー:運営メンバー広報担当 池田春奈
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