宮城県気仙沼市長 菅原茂さん

東日本大震災で津波による未曾有の被害を受けた気仙沼市。そんな気仙沼で菅原現市長は2010年から5年間市長を務められています。復興に向けて奔走する日々、復興とボランティアの関わり方、気仙沼の魅力について伺ってきました。 2015.03.02

プロフィール

Interview for 3.11 vol.1

気仙沼市長(2010年より就任、現在2期目)。1958年1月、宮城県気仙沼市生まれ、気仙沼高校卒業後、東京水産大学(現東京海洋大学)に進学、総合商社㈱トーメン(現豊田通商)に勤務、オランダ駐在を経て退職、1991年より家業の水産会社勤務、その後2008年から衆議院議員小野寺五典秘書となり、現職。「世界に羽ばたく産業のまち」「日本で一番住みたいまち」を目指す。日本で一番水産に詳しい市長。

ボランティアなしには現在までの復旧・復興はなしえなかった。

-震災直後の気仙沼市の様子はどのようなものでしたか?

宮城県沖地震津波を想定し、避難訓練やハザードマップを作成していましたが、東日本大震災による津波はその想定をはるかに超える規模でした。沿岸部は津波で壊滅、石油タンクが倒壊し、流れた石油などが元で海上、陸上とも大規模火災が発生しました。最高時避難所は105か所にのぼり、2万人の方が避難されました。

―こうした未曾有の震災にあっても5年間継続して市長をお務めされているのは本当に素晴らしいことだと思います。震災が起こってから、現在までの時日は、長かったと感じますか?

毎日、復興事業に没頭し、多くの会議や打ち合わせ、出張をこなしています。一日は長いけれど、震災後から今日までの月日はあっという間だったと感じています。復興事業は確実に進んでいる一方、被災者にとってはとても遅い足取りです。特に住宅関連事業については、現在示している予定が遅れることなく被災者の期待に応えたいと思います。

―復興にはやはり時間を要するのですね。復興のために被災地で活動しているボランティアについてどう思いますか?

ボランティアなしには現在までの復旧・復興はなしえませんでした。全国からの支援に感謝しています。特に学生の皆さんは長期に亘り活動をしてくださり、地元民とも触れ合うなど、復興の作業だけでなく、被災者の心も勇気づけてくれています。今後も気仙沼のファンとして長いお付き合いをお願いしたいです。

気仙沼2

自然との共生の中で「地方にある世界の港まち」を目指したい。

―気仙沼の魅力についてお伺いします。名産品はどのようなものがありますか?

気仙沼の自慢は海の幸、フカヒレ、生鮮かつお、生鮮メカジキ、サンマ、わかめ、カキ、ホタテそして市のキャラクターになっているホヤなどがあります。この他に、地魚や海草も豊富です。また、それを上手に料理するお店もたくさんあります。全国の他の港と比べて、特徴的なのは気仙沼の魚は全て「天然」、養殖魚はありません。海草や貝類は養殖もしていますが、自然にまかせて人為的なエサは与えていません。海の環境に優しいのが気仙沼の漁業の特色です。

―とてもたくさんありますね!では次に気仙沼の観光スポットである屋台村・商店街の魅力を教えてください。

復興屋台村や商店街は被災して、一度は希望を失いかけた皆さんが再起をきして頑張っているものです。すぐに大きなことは出来ませんが、まず自分の得意を活かして出来ることから始めようとする真摯な姿が素敵です。家族に津波の犠牲者もいる方々もいるなか、明るさを失わず前向きに生きようとする姿を見て欲しいと思います。気仙沼の地の物を提供する店舗が多いのも魅力です。

―最後に今後の気仙沼の復興・まちづくりについてお聞かせください。

津波に襲われても、気仙沼に生きる原点は「海」です。その事をベースに地域のすばらしさを活かす町づくりをしていきます。都会の真似をするのではなく、自然との共生の中で「地方にある世界の港まち」を目指したいと思います。

気仙沼1


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