3年目をむかえた東北へ行って実感したこと。大切なのは、理解しようとすること。

3年目を迎えた東北へ自らの足で訪れて気づいたことは「知ること」の難しさだった。だからこそ、知るためにできることは「続けること」と「寄り添おうとする気持ちを抱き続けること」だと、感じた想いも綴ってくれました。 2014.12.05

プロフィール

遠野まごころネット69期関西発|大阪大学1年 北川康太さん

遠野まごころネット69期は、2014年3月2日から3月9日まで、遠野、陸前高田、釜石、大船渡、大槌で活動しました。

【参加プログラム】

・遠野まごころネット69期関西発

・参加日程:2014/3/2~3/9

・活動場所:遠野、陸前高田、釜石、大船渡、大槌

【プログラムでの活動内容】

・現地視察

・雪かき

・イベント準備

・施設訪問

【ライター情報】

名前:北川康太

所属:大阪大学1年(参加当時)


3年目を迎えた東北へ

私がこのプログラムを通して、被災地を訪れた目的はたったひとつ、「今を知る」ということをしたかったからです。もともと東北の震災ボランティアに興味がありました。しかし、都合が合わず、気づけば、震災からもう3年も経ってしまいました。被災地を取り巻く状況が大きく変わっていることは、メディアを通して知っていましたが、私にできることを見つけたいと思い、そのために被災地の今を知りたいと考えました。メディアや人から伝えられた情報ではなく、自分の五感を用いてありのままを知りたいと思いました。だから自分に嘘はつかないことを心に決めて参加しました。そして被災地の一つ、陸前高田を訪れました。


訪れて感じたことは憤りと悔しさだった

被災地を訪れれば「何か」を感じると私は思っていました。初めて広島の平和記念公園を訪れたときも、私は胸が苦しくなりました。そのときのように、言葉では表せない「何か」を感じるはずだと。しかし何も感じない私がいました。むしろ感じようとしても、心に開いた穴から抜けていくような、感じることができない状態のようでした。その理由は、自分に問いかけてもわかりませんでした。震災前の写真をもとにして、今の景色に写真の街並みを想像しようとしましたが、それができませんでした。そもそも仮にできたとしても、それはあくまでも経験に基づかない私の想像であり、被災された方の言う「あのころ」は、わかりません。あのころの人、街並み、におい、つながり、思い出。あのころを復元することはできないことはわかっています。ただ、何も感じない私に、あのころを知らない私に、何ができるのだろうかと、憤りと悔しさを覚えました。


だからこそ

 しかしだからこそ気づいたことがあります。それは、理解しようとし続けることの重要性です。被災された方の思い出は、その人唯一の思い出であり、誰一人それをそのまま理解し共有することはできないはずです。その人にはその人の個性があり、経験があり、感情があるからです。だから少しでも多くの話を聞き、それを理解できるように努力をすること。その人の思い出を、リアルに理解し共有することはできないと、決めつけてしまうのは、一見悲しくむなしいことのように思えますが、できないからこそ「理解しようとし続けること」こそ、被災された方に寄り添うことなのだろうと、私は思いました。


 “あのころ”と”このごろ”そして”これから”

「今を知る」ということから始まり、「今を知る」だけでは足りないことに気づかされ、これからもっと知り続けるという意欲が湧きました。東北を“被災地”という側面からしか捉えていないのであれば、寄り添うことはできません。“あのころ”と、“このごろ”と、そして“これから”を、バイアスをかけず(=イメージや印象に影響されずに)、理解しようとすることが必要だと私は思います。そして被災された方に寄り添い、少しずつで良いから、一歩ずつ前へ進みたいです。

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